2012年09月11日

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことである★元・東京大学教授、現・立命館大学教授 上野千鶴子

★家族みんなで仲良く暮らすのは、ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことである★
元・東京大学教授、現・立命館大学教授 上野千鶴子

 ニューヨーク州北部、コーネル大学のあるイサカは、庭先にリスがやってくる自然に恵まれた町である。そこに日本語教授法の大家として知られる60代のエレノア・ジョーダン先生が住んでいた。日本人の英語学習法の欠陥を知りつくし、日本人向けの英語の集中コースを開講していたジョーダン先生は、クラスの受講生全員を集めて自宅でパーティをやってくれた。いまから20年も前のことである。
 家族連れで来ていたわたしのクラスメイトが(もちろん男性だ)、帰ってきてからこ
う言った。
「あんな大きな家にひとりで住んでるのか。さみしいよな」
 わたしはプッツン来た。大きなお世話だ。
 アメリカのキャリア女性の例にもれず、彼女も離婚経験者だった。子どもたちを育てあげ、大邸宅にひとり暮らし。うらやむことはあっても、同情する必要なんてあるだろうか。
 その後も、一戸建ての住宅で、同じようなシングルライフを送っている高齢の女性に何人も会った。車いすでも移動が容易なゆったりした家のつくりや全室温度差のない暖房設備(当時はセントラルヒーティングということばさえ知らなかった!)は、20年以上前の日本人にとっては垂涎の的だったはずだ。これらは、日本でもようやく高齢者住宅のスタンダードになってきたが、家が広くて困ることなどなにもない。メンテナンスがたいへんなら外注すればすむ話だ。
 ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを、「さみしくない」のとカンちがいする貧乏性は、たいがいにしてもらいたい。高齢者のひとり暮らしを、「おさみしいでしょうに」と言うのは、もうやめにしたほうがよい。とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、まったくよけいなお世話というものだ。
 先にデータで示したように、高齢者のひとり世帯は増えている。どうせ住むなら、建て付けの悪いアパートより、セントラルヒーティングの備わった一戸建てで暮らすほうが(経済的な問題さえクリアできれば)豊かではないか。

(上野千鶴子著『おひとりさまの老後』法研、42―43ページ)
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【コメント】
・東大教授、社会学者、といった肩書きと権威のもとに、家族でいっしょに仲良く暮らしている人たちのことを「ゴキブリ」呼ばわりするのは許されるのであろうか?また、家族を「ゴキブリ」と呼んではばからない社会学者とその弟子たちの研究する「家族社会学」とは、いったいどれほどの学問的価値があるのであろうか?

・あなたが、上野千鶴子先生やそのお弟子さんである千田有紀先生、澁谷知美先生に「あんな大きな家にひとりで住んでいるとおさみしいでしょう」というと、先生方から「てめえみたいにゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを、『さみしくない』のとカンちがいする貧乏性は、たいがいにしておけ!!」とお叱りを受ける可能性が非常に高いので、充分に注意するようにしよう。

・上野先生がみずから「大きな家にひとりで住んでいるとさびしくないかどうか」、という論点を取り上げておきながら、「暖房設備等があれば快適に暮らせるので家が大きくて困ることなど何もない」、と家の設備について書くのは、問いと答えがまったくかみ合っていない。人間が家の中で「さみしい」と感じるかどうかということと、家の暖房設備が整っていて便利かどうかとは、無関係だからである。これがほんとうに社会学者、それも元東京大学教授の文章なのだろうか?



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2012年09月04日

★日本の女が戦争で日本の男に守ってもらわないほうが、敵のもっと「いい男」と出会えるかもしれない★ 元・東京大学教授、現・立命館大学教授 上野千鶴子

★日本の女が戦争で日本の男に守ってもらわないほうが、敵のもっと「いい男」と出会えるかもしれない★
元・東京大学教授、現・立命館大学教授 上野千鶴子
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 人類が暮らしを営むには、水と火が不可欠だが、女の役目はいつもこの火と水の管理だった。水道もガスもない前近代的な暮らしの中では、朝起きて最初の仕事は、家族のために水を確保するという仕事だった。・・・(途中省略)・・・重労働である。
 この平時の重労働を担ってきたのは、いつも女たちだった。水汲み女の図は見たことがあるが、水汲み男、というのは聞いたことがない。この重労働を、女に代わって男がやろうと申し出た社会は、どうやら歴史上なさそうなのである。「かよわい女をたくましい男が守ってきた」という学生に、私はこう答えることにしている――現実には、強い男が弱い女をいたわってきた例より、強い男が弱い女につけこんできた歴史の方が長いんだよ、と。そのうえ、女は実のところ、かよわくも何ともなくて、重労働に十分耐える生き物でもあるのだ。
 最後に、平時の男たちの怠惰は、いざ戦時に男たちが身を挺して女子供を守る働きによって免責してもらえるだろう、という考えがある。ところでちょっと待てよ、男たちはいったい何から女たちを守ることになるんだろうか。考えてみると、これもバカバカしいことがわかる。男たちは他の男たちと争いを起こして、自分の女たちを守っているだけである。「守られて」みなければ、敵のほうがもっと「いい男」かもしれないのだ。
 ここまでからくりがわかれば、「男は仕事・女は家庭」の性別役割分担が、いったい誰の役に立っているか、よオーく考えなくても、すぐにわかるというものだが、ジョーシキという名の思いこみに囚われている、女の子たちのアタマの中を変えるのも、なかなか苦労ではある。

(上野千鶴子著『女遊び』、121―122ページ)
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